母親にポジティブな呪いをかけられていた話

わたしの母親は変わり者で独特な世界感をもって楽しそうに生きている。

『自分のことしか考えられない』『明日のことは明日考えよう』が口癖で、幼稚園への送迎をしてくれないため一人で歩いて通園していたこととか、休日は寝続けていて幼いわたしと妹にご飯を作ってくれなかったことをよく覚えている。よく2人も育てたと思う。

そんな母親でも愛情深くはいてくれたのだった。現在は『大根みたいな足』『こぶたちゃんみたい』などと悪気なく言ってくることもあるが、子ども時代にわたしの何かを否定されたことは無かった。 決まり文句のようにいつも言われていたのは『神様みたいに可愛い』から始まり、『素直で頭がいい』『足が長い』『歯並びがいい』などと続く言葉だった。 子供にとっての親の影響力は絶大で、当然わたしはその言葉を真から受け止めていた。可愛くもない、算数は0点で運動もできず、友達も少ないのに楽しく生きていたのは、結局は親が肯定してくれていたからだと思っている。

だけど、成長するに従って親の言葉は真実ばかりではないと気がつくものだ。

『前歯が出てる』と彼氏に言われたのは25歳くらいのときだっただろうか。『いや、わたし歯並びはいいんだよ』と答えた。 だが、歯が出てると繰り返す彼氏の言葉を受けて改めてまっさらな目で前歯の様子を確かめると、出っ歯なうえにガチャ歯だった。

なんと、25年間自分の歯を見る目に母親の言葉のフィルターがかかっていたのだった。 そのことを知り、まさか他にも同じようなことがあるのかと思い『もしかしてわたしって足長くない?』と彼氏に聞くと、『足は短い』とのこと。全身鏡を見ると確かに腰の位置が低い。なんてこった。母親からのポジティブな言葉がここまで真実を曇らせるなんて。ほとんど呪いじゃないか。

母親の目には綺麗な歯並びに見えていたのか、それともガチャ歯だと気がつくと矯正歯科へ行かなくてはいけないから前向きなことを言っていたのかは分からないが、とにかく他者によって呪いは解けたのだった。

25歳まで真実ではない自分の特徴を信じていたという経験もなかなか珍しくておもしろい。大人になった今は自分自身で信じられる部分を忘れずに持っているしかないが、子どもだったわたしにとっては大人が自分の長所を認めてくれていると理解できている状態は必要だったのかもしれない。 自分の子どもを持つ予定はないが、もしも子どもがいたら子どもの本当の美点は褒め続けたい。